真由は、凛とした佇まいが美しい、大人の色香を漂わせる女性だ。僕の創作活動を献身的に支えてくれる彼女との仲に、疑いを持つ余地など微塵もなかった。
その「違和感」は、音もなく忍び寄ってきた。きっかけは、僕が工房で使う新しい木材を調達するために紹介された、若手実業家の高城だった。彼は野性味溢れる端正な顔立ちと、他人を惹きつける強引なまでのエネルギーを持っていた。
僕の作品のパトロンとなった高城は、頻繁に我が家を訪れるようになった。
高城の視線が、お茶を運んできた真由の曲線美を、卑猥なほど露骨になぞる。真由は困ったように微笑んでいたが、その頬が微かに上気しているのを、僕は見逃さなかった。
ある初夏の午後。急な雨で打ち合わせが中止になり、僕は予定より早く帰宅した。家の中は妙に静まり返っている。しかし、リビングを通り過ぎようとした時、廊下の突き当たりにある僕の書斎から、聞き慣れない「音」が漏れてきた。
僕は足音を消し、半開きになったドアの隙間に目を凝らす。
そこにいたのは、僕の椅子に深く腰掛けた高城と、彼の膝の間に跪く真由の姿だった。
真由の豊かな黒髪が、高城の股間で激しく揺れていた。彼女は、僕には見せたこともないような、貪欲で、どこか必死な様子で彼を奉仕している。湿った、生々しい音が静かな部屋に響く。
高城が真由の髪を乱暴に掴み、無理やり顔を上げさせた。真由の瞳は潤み、焦点が定まっていない。口端からは、銀色の糸がひと筋垂れていた。
その掠れた声を聞いた瞬間、僕の足から力が抜けた。怒りよりも先に、心臓を直接握りつぶされるような、激しい興奮が下腹部を突き抜けた。
その日から、僕たちの日常は「匂い」に支配された。夕食時、真由が僕の隣に座るたび、彼女の体から、僕の知らない香水の残り香と、濃厚な男の脂の匂いが混じって漂ってくる。
「ええ、美術館の展示替えで、少し力仕事を手伝ったから……。汗をかいちゃったわ」
彼女は平然と嘘をつく。だが、その首筋には、不自然に巻かれたスカーフがあった。僕はあえて何も言わず、彼女が差し出した味噌汁を啜る。彼女のその指先が、数時間前には何を握りしめていたのかを想像しながら。
ある晩、僕は風呂上がりの真由を背後から抱きしめた。彼女の体は一瞬硬直し、すぐに柔らかく僕を受け入れた。しかし、彼女の乳房には、僕がつけたものではない、赤黒い吸い跡が点々と刻まれていた。
「……あ、これ? 搬入の時に角にぶつけちゃって。お恥ずかしいわ」
彼女の嘘は、以前より大胆で、甘美になっていた。僕がその痕跡を指でなぞると、彼女は小さく震え、僕の胸に顔を埋めた。その振動は、恐怖ではなく、隠し事を通している高揚感のように感じられた。
それから一週間後。僕は「泊まりがけで木材の仕入れに行く」と嘘をつき、夜にこっそり自宅に戻った。寝室の窓から、庭の木々に隠れて中を伺う。
カーテンは閉められていたが、隙間から漏れる光と、漏れ聞こえる声が、すべてを物語っていた。
真由の声だ。僕の前では常に上品で、声を荒らげることなどなかった彼女が、まるで野獣のように咆哮している。
僕は壁に背中を預け、ずるずると地面に座り込んだ。暗闇の中、僕の手は自然と自分の股間に伸びていた。
愛する妻が、別の男に徹底的に汚され、書き換えられていく。僕の知らない快楽の扉を開かされ、獣のように貪り合っている。その光景を想像するだけで、頭の中が真っ白になるほどの熱が駆け巡る。
真由の絶叫が夜の静寂を切り裂く。その言葉は、僕への最大の裏切りであり、同時に、僕たちが築いてきた「偽りの平穏」を粉々に砕く、究極の愛の告白のようにも聞こえた。
翌朝、僕が「ただいま」と言って玄関を開けると、真由はエプロン姿で、いつも通りの穏やかな笑顔で迎えてくれた。
彼女の肌は、昨日までのくすみが嘘のように艶やかに輝いている。その内側には、まだ高城の種が残っているのかもしれない。
僕は彼女の腰を引き寄せ、深く接吻した。彼女の口内からは、微かに、昨夜の情事の残り香がした。
彼女は一瞬驚いたような目をした後、すべてを察したように、妖しく目を細めた。
彼女の問いに、僕は答えなかった。ただ、彼女の耳元で囁いた。
真由の顔から血の気が引き、次の瞬間、見たこともないような熱い情念がその瞳に宿った。
僕たちの結婚生活は、昨日までの「純愛」を捨て、共有される「背徳」へと形を変えた。嘘をつき続ける妻と、それを知りながら悦びに浸る夫。そこには、清らかな愛などよりもずっと深く、逃れられない泥濘のような絆が生まれていた。
僕は、彼女の裏切りを許さない。許さないまま、そのすべてを愛し、記録し、鑑賞し続けるのだ。この美しい地獄の中で、僕たちは永遠に、互いを喰らい尽くしていく。